経歴紹介

20年の歩みと、これからの制作スタンス 

私がウェブ制作の世界に飛び込んだのは、2001年12月。ブラウザ、しかもバージョンごとにHTMLの解釈が異なり、動作確認に明け暮れていた「正解のない時代」でした。 
CSSも今ほどプロパティが存在せず、tableタグでレイアウトしていました。(所謂テーブルコーディング)

JavaScriptの習得と、制作会社への疑問

実務経験が浅く、まだ十分な戦力になれていなかった私には、自由に使える時間がありました。
振れる仕事がなかったためか「JavaScriptをマスターしなさい」という先輩の一言が、私のその後キャリアの方向性を決めました。その後、Macromedia(当時)のFlashが登場し、「動くウェブ」が世界を席巻します。JavaScriptと似た言語「ActionScript」を駆使し、リッチなコンテンツ作りに没頭しました。

制作会社に入って2年も経たないうちに、インターネットバブルは崩壊し、お世話になっていた制作会社も規模を縮小されました。
様々な事情があったのだとは思いますが、この時、組織に身を置くことの不確実性(自身以外の原因で職を失う怖さ)と、個としてのスキルの重要性を痛感しました。
そしてそのタイミングで私もフリーランスとなりました。職場や担当する仕事は変わらなんですが、収入は不安定になる代わりに外部の制作会社から仕事を請けることも許可いただきました。

当時大阪ではリクルート系の今でいうランディングページのようなものを作る仕事が多かったのですが、某企業が内製化に切り替えたことでこの仕事も一気になくなっていきます。

キャリアの始まりはなんとも夢のない話が続きますが、手に職つけて収入を得ている時点で満足感がありましたし、同時期に応援していたサッカークラブの制作に携わることにもなります。
分不相応で夢のような出来事でしたが、この出来事には確固たる技術があるから安泰なわけでもなく、キャリアが浅いから可能性がないわけでもない。ウェブデザイナーの職業の本質的な部分を教えていただきました。

個人のフリーランスからチームで事務所を開設

その後、いただく仕事量が多くなったので個人事業主を集めて大阪市西区で事務所を開設することになります。この体制は縮小しながら新型コロナウイルス感染症が日本で流行る寸前まで続きます。
この際に制作会社が法人化する難しさを感じました。

人数や拘束時間が成果とリンクしない

制作会社の難しさは人数や拘束時間が成果とリンクしない点です。
人が増えたからと言って必ず処理能力が上がるわけでないですし、技能が低いほど拘束時間も長くなります。あまりにも多岐に渡る技術があり、人数でそれをカバーしようとすれば俗人化してしまいスタッフの独立に対応できません。
特にコーディングはゆくゆくAIが取って代わると流れがあったので、自分が現役である間は一人でやった方が安全だと判断しました。

最終的には誰と仕事するのかに尽きる

同時にこの期間に所属していた青年会議所(07~16)の関係でたくさんの出会いがあり、そのために今日までこの職業を続けることができました。
今まさにAIの台頭で技術的なハードルが下がっています。しかし、だからこそ誰がその仕事を担当するのか。外注という立場ですがなるべく気持ちよく仕事できる相手でありたいと思います。

ホームオフィスでの活動は理想的

結果的にまた一人になったタイミングでコロナが流行し、事務所を閉じ、枚方に拠点を移し、現在はホームオフィスを中心に活動しています。育児や家事といった生活の営みと仕事が地続きになったことで、以前よりも健康的なリズムで制作に向き合えるようになりました。

専門技術の凋落から学んだ「本質」

2010年初頭まではまだFlashコンテンツの需要がありましたが、Flashの栄華は長くは続きませんでした。「検索エンジンに中身を読ませることができない」という欠点が、Google主導の検索時代において致命傷となったのです。ActionScript3.0は難しかったですが、できることが増え、覇権を握るかと思ったタイミングでした。
瞬く間にFlashは縮小し、多くの制作者が居場所を失いました。私はこの時、「どんなに華やかな技術も、いつか廃れる。そして、検索(SEO)という市場原理は無視できない」という教訓を痛いほど学びました。 しかもその市場原理は「Apple社のFlashコンテンツをSafariで表示しない」というだけのものです。一つの技術に依存してたら、ある日突然全ての仕事失う可能性がある。だからこそ最先端を追わず、一つの技術に依存せず、基本的なことを重視しなくてはなりません。

スマホ、WordPress、そしてAIへ

Flashと入れ替わるようにスマートフォンが普及します。「1枚のソースで全てをカバーする」レスポンシブな設計が当たり前になり、WordPressの登場で「クライアント自身が更新する」CMSの時代が到来しました。この影響で2000年代初頭に比べ、コーダーが習得すべき技術(PHP、サーバーサイド、セキュリティ等)は飛躍的に増えました。
今、AIの登場で「部分的なコーディング」は誰でもできるようになりました。しかし、実際には複数の言語をクロスオーバーし、全体の整合性を保つ作業が不可欠です。何の知識もない人が一からサイトを構築する難しさは、依然として変わっていません。
またこの頃からSEOはより人間的になったと感じます。(ハミングバードアップデートの頃ですかね。)
あれからずっとSEOはハックする対象ではなくなったと感じます。
Googleがずっと勧告しているように、「Expertise(専門性)」「Authoritativeness(権威性)」「Trustworthiness(信頼性)」そして「Experience(経験)」を重視してコンテンツを作成すべき。10年以上前から勧告されていることが腹落ちしたといいますか。
Googleが推奨する「E-E-A-T(専門性・権威性・信頼性・経験)」を重視したコンテンツ作り。これは、単なるテクニックではなく、「誠実な情報発信」という商売の本道に立ち返ることに他なりません。

私のこだわり:シンプルで堅牢な「土台」

前述のとおり、あまりにも急だったFlashの凋落を目の当たりにしたからこそ、私は「特定の流行」に依存しない、基本的でシンプルな技術(Vanilla JSやFLOCSSなど)を完璧に使いこなすことを重視しています。 99%できても、残り1%の基本で躓けば、サイトは機能しません。私がシンプルで堅牢な制作を貫くのは、この20年の変遷を通じて「最後に生き残るのは本質的な技術である」と確信しているからです。

ウェブ制作もデザイン・コーディングといった部分は本質ではなくなったと感じます。
何を作るか、そして作ったものをどう監視するのかに移行したのではないでしょうか。

これからの共創スタイル ―― 共に形にするホームページ

20年以上のキャリアの中で、今が最も成熟しているという自負があります。同時に、クライアントの皆様が抱く「プロなら丸投げでも何とかしてくれる」という期待に対し、どう応えるべきかというジレンマも感じています。

AIの登場は、かつてのスマホ普及を凌駕するパラダイムシフトになるでしょう。これからの時代、制作の「技術」そのものより、クライアント様ご自身が「何を、誰に、なぜ発信すべきか」を判断する重要性がかつてないほど高まっています。

もちろん、実装や構築といった「形にする工程」においては、まだもう少し、我々プロの手に任せていただいた方が確実でスピーディです。皆様から少しのヒントさえいただければ、私たちはそれを最適解として形にできます。

制作を「丸投げ」するのではなく、対話を通じて共に本質を磨き上げる。そんなプロセスを楽しみながら、一緒にホームページを完成させましょう。

2026年5月 松下 正平

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